Kiss me




梅雨は嫌いだ。


せっかくセットした髪もすぐに変になっちゃうし

大石とのダブルス練習もお預けになっちゃうし

それに雨だからって俺の相方は暇になんないし・・・

なんで梅雨なんてあんのかな・・・?


机に肘をついてザーザーと降り続ける雨をぼんやりと眺めていたら、保健委員の仕事を一人黙々としている大石がプリントから目線を外さないまま呟くように言った。



「英二。暇なら無理に付き合わなくてもいいんだぞ」

「だから無理なんてしてねーよ」



ここで大石が保健委員の仕事をするって話になった時にも時間がかかるし、待たせるのも悪いから不二と先に帰っていいって言われたけど、そんなのは速攻で却下。



暇かと聞かれれば、そりゃあ暇だけど・・・

早く家に帰っても結局は暇なんだ。

それに大石が一人で仕事をするのわかってて俺が先に帰る訳ないじゃんか。

俺は大石の手先を見つめた。



それにしても・・・



「大石ってさぁ。ホントお人好しだよね。なんで保健委員長なんて引き受けんだよ」

「仕方ないだろ。頼まれたんだから」

「それがお人好しって言ってんだよ。何で断わんないの?お前他にも色々やってんじゃん。

生徒会とかクラス委員とか副部長とかそれ以上増やしてどうすんだよ」

「それでも俺を信頼して頼んできたんだ。そんなの断れないよ」

「何だよそれ」



俺は机に顎をのせて上目づかいに大石を見た。

大石は相変わらずペンを走らせている。

俺は小さく溜息をついた。



もともと保健委員長は大石のクラスの奴がやっていた。

そいつが親の転勤で急に引っ越すことになって、引継ぎの話をクラス委員の大石に相談したんだ。

最初は誰かなり手がいないかって一緒に探したらしいけど、保健委員兼保健委員長だかんな、

みんななりたがらなくて結局はそいつが大石に頭を下げて頼んだらしい。

大石はそれを快く引き受けた。



・・・ってなんで快く引き受けんだよ。

俺なんて委員と名のつくものは何もやってないのに・・・

それにそんなに次々と委員だなんだってやってたら、

しょっちゅう会議だなんだで俺との時間が減っちゃうじゃんか。

それとも大石はそんなの平気なのかな?

俺との時間よりこっちの方が大事とか?

あ〜ぁ・・・俺自信なくしちゃうよ・・・



「なぁ大石ー・・・」

「何だ?」

「俺の事好き?」



急な俺の問いかけに、それまで話しかけても止まらなかった大石のペンの動きが止まった。



「え?」

「だからー・・俺の事好きかって聞いてんの」

「そっそりゃあ・・好きに決まってるだろ。どうしたんだよ急に」



大石が驚いた顔をして俺を見る。



「んじゃあ何で保健委員長を引き受けんだよ。

そんなの引き受けたらまた会議が増えて俺との時間が減っちゃうだろ」

「英二・・・・それで機嫌が悪かったのか・・・」

「どうなんだよ」

「だから・・・さっきも言ったけど俺を信頼して頼んできたんだ。そんなの断れないよ。

 それに英二の事を好きなのと、頼まれた事を引き受けるのは別問題だろ」

「一緒だよ」

「一緒じゃないよ」

「一緒だって!」

「一緒じゃないって言ってるだろ」



暫く言い合って俺達は睨みあった。


チェッ・・・・大石の頑固者!


「大石は俺との時間より、委員会の方が大事なんだ」

「そんな事一言も言ってないじゃないか」



ムッとする大石の顔を見て、俺のイライラは頂点に達した。



何だよホントに・・・大石の奴



だから大石が出来ないだろう事を言ってやった。



「んじゃ証拠みせてよ」

「証拠って何だよ」

「キスして」

「は?」

「キ・ス!」

「えっ・・・?なっ・・何言ってるんだよ。こんな所で出来る訳ないだろ」

「あっそ!やっぱ委員会の方が大事なんだ」

「英二。いい加減にしろよ。そんな事言ってないだろ。それにこんな所じぁ・・・」

「もういいって!」



俺は机に顔を伏せた。



わかってるよ・・・・・大石の性格は嫌というほどわかってる。

責任感の強い大石が頼まれた事を断れないのも・・・

引き受けた事を中途半端に出来ないことも・・・

そんな大石だからみんなが頼る事も全部わかってる。



「英二」

「さわんなよ!」



大石が俺の肩に手を置いた。

俺は俯いたままその腕を振りほどいた。



だけどさ・・・悔しい・・・大石はわかってない。

俺の気持ち。

俺が委員会に入らないのは、大石と少しでも一緒にいたいからなのに

そんな俺の気持ちに気付かないで、大石は俺と逆の事をするんだ。



「英二。顔を上げろよ」

「ヤダね」



再度肩に置かれた手を俯いたまま振りほどいた。

大石の溜息が聞こえる。



何だよ・・・・

俺だってさ・・・大石を困らせたい訳じゃない。

だけど、嫌なものは嫌なんだ。

そのまま顔を上げずにいると、大石のペンが走り出す音が聞こえてきた。

どうやら大石は、俺の事をそのままに保健委員の仕事を再開したらしい。

俺はますます顔を上げ辛くなった。



何だよ・・・・大石のバカ



静かな教室の中に大石のペンの音と外で降る雨音だけが響く。

俺はジッとその音だけを聞いていた。



せめて外が雨じゃなければ・・・部活でこのモヤモヤを発散させる事も出来たのに

コートの中でたくさんアクロバティックを決めてさ、笑って・・・

でも大石は俺の隣にいないんだよな・・・



やっぱ駄目

晴れて部活をしてても、この気持ちは晴れてない・・・

結局大石がいなきゃ駄目なんだよ。

ったく・・・気付けよなバカ石!俺の気持ち



だけど・・・・



『大石ってホントいい奴だよな。俺アイツと同じクラスで良かったよ』



大石に保健委員を頼んだ奴が、俺を見つけて話しかけてきた。



『これで思い残す事無く引っ越せる』



凄く嬉しそうに安心したように、話すそいつの顔を見て俺も何だか嬉しかった。

大石の優しさが、誠実さがそいつを通して伝わってきた。



困ってる人を見過ごす大石なんて・・・大石じゃないよな・・・

そんな大石ならきっと俺、好きになってないよな・・・



大石・・・・

どうしよう・・・怒ってるよな

俺、自分の事ばっかりでわがままで・・・

大石に謝んなきゃ・・・



そう思った時に、大石のペンの音が止んで席を立つ音がした。



えっ?何処行くの?



どんどん大石の足音が遠ざかる。

だけど俺は散々大石の腕を振りほどいた手前、顔を上げたくても上げれない。

そのまま大石の足音は教室を出て行った。



「大石っ!」



急いで顔を上げたけど、教室には大石の姿はなかった。



怒って帰っちゃったんだ・・・



俺は置いて帰られたショックで、また机にうつ伏せになった。



あ〜ぁ・・・俺のバカ・・・何やってんだよ・・・



小さく溜息をつくと、ガラッとまた教室のドアが開く音がした。

そして誰かが入ってくる。

俺は身構えながらも、腕の隙間からこっそりそいつの姿を覗いた。



おっ・・・大石だ!

戻って来た!



俺は急いでさっきと同じ姿勢をとった。

大石の足音はそのまま窓の方まで進んで止まり、そしてカーテンを閉める音が聞こえる。



そっか・・・戸締りしてんだ。

怒ってる筈なのに・・・・相変わらず律儀だよな・・・



こんな時でもしっかり者の変わらない、いつもの大石に俺は俯きながら笑みがこぼれた。



そうだ・・・大石に謝んなきゃな・・・



気持ちを新たに大石の足音に集中してると、大石の足音が俺の横で止まる。



「英二。もう終わったから帰るぞ」



その言葉にようやく俺は顔を上げた。



「大石・・・俺・・・」



そう言いかけて・・・大石の目を見て何も言えなくなった。



目が怒ってる。



大石は顔を上げた俺を確認して、待たずにそのまま教室の後ろのドアの方へ歩き出した。



ど・・・どうしよう

普段からケンカはよくするけど、大石が本気で怒るのは実は凄く珍しい・・・

それだけ今回の事は、大石にとって許せない話だったんだ。



・・・・・そうだよな



『仕事と私とどっちが大切?』って聞く女は嫌われるって前にテレビで誰かが言っていた。

『委員会と俺とどっちが大切?』これってまさに同じ・・・・だよな。



俺・・・嫌われたかな・・・



椅子から立てずに、ボーと座ったままでいると、ドアの前で大石が俺を呼んでいる。



「英二」



その声に恐る恐る顔を向けると大石と目が合った。

だけど目はそのままだ。

俺は大きく溜息をついた。



ハァ・・・・俺が教室から出なきゃ戸締り出来ないもんな・・・



渋々俺は席を立って、大石の方へ歩き出した。



しかし・・・このまま帰る訳にはいかないよな・・・

許してもらえるかわからないけど、教室から出る前に大石に謝らなきゃ・・・


トボトボと歩きながら、決意を固めたところでようやく大石の前に立った。



「大石・・・その俺・・・えっ?」



ンンッッ!!!



俺が謝ろうと見上げたのと、大石が俺を引き寄せてキスしたのはほぼ同時だった。



何で?怒ってるんじゃないの?



突然のキスに俺の頭はパニックになってるのに、大石は更に俺を引き寄せて深くキスをしてくる。



おおいし・・・



いつしか俺も大石に応える様に大石の背中に手を回していた。



大石・・・大石・・・大石・・・



何度も何度も唇を重ねて、ようやく離れた時にはお互い少し息が上がっていた。

俺は大石の胸におでこをつけて、息を整える。

大石の胸も上下に揺れて、大石が息を整えるのが伝わってきた。



「ねぇ・・・大石。怒ってないの?」

「怒ってるよ」



その言葉に俺は顔を上げて大石を見つめた。



「じゃあ・・・どうして?」

「英二が言ったんじゃないか・・・証拠をみせろって」

「あっ・・・」



そういえば・・・ちょっとイラついて、大石が出来ないだろう事をふっかけたんだった。



キス・・・



「こんな事で俺の愛を疑われるの嫌だからな」



大石はそう言って微笑むと、また俺を抱きしめた。



「英二。決められた仕事と英二を比べるなんて出来ないよ。

 どっちも大切だから・・・

 だけど・・・何が一番大切かって聞かれたら、それは間違いなく英二だから。

 俺が色んな事引き受けて、英二が寂しい思いをしてるのはわかってるけど

 ちゃんと英二の事も考えているし・・その・・もう少し俺の事信用してくれないかな?」



耳元で優しい大石の声が響く。



「大石・・ごめん。俺、寂しくて・・ついわがまま言ったけど、ちゃんとわかってるから」



大石の胸を押して、真っ直ぐ大石の目を見つめた。



「ホントにごめんね」

「英二・・・」



大石が俺の肩に手を置いて、ゆっくりと唇を近づけてくる。

俺はそれを見つめながら、目を閉じようとして思い出した。



「あっ!」

「どうしたんだ英二?」



大石の動きが止まる。



「ここ教室だよ。いいの?」



俺の言葉に大石は『あぁ』と苦笑して、ズボンのポケットから何かを出した。



「ほら」

「カ・・ギ?」



大石が俺の顔の前に出したのは、銀色に光る小さな鍵



「戸締りはちゃんとしたから、誰も入ってこれないよ」

「入ってって・・・じゃあさっき教室出たのは、外の鍵を閉める為だったの?」

「まぁ・・・そういう事かな」



真っ赤な顔しながら、大石がズボンのポケットに鍵を戻す。



「何だよそれー」



怒ってたくせに・・・したたかな奴



俺はクスクス笑いながら、大石の腰に手を回した。



「誰にも邪魔されたくないだろ?」



そう言って大石も俺の腰に手を回す。

俺は大石を見上げて、微笑んだ。



「うん。そうだね」



そしてゆっくり目を閉じる。




大石・・・大好き




こんな積極的な大石を見れるなら、たまには居残りで委員会の仕事をするのもいいかもね。





                                                                            END





いつも本当にありがとうございます。


こんなに早く20000HITを迎える事が出来たのも、日々気にかけていただいてる皆様のおかげだと

心から本当に感謝しています。

ホントに拙いnovelですが、応援して待ってくれてる方がいるかぎりは頑張っていきますので

こんなサイトですが、これからも宜しくお願い致します。

2008.6.12